はじめに
日本の学校教育の欠点について発言すると、海外から「なぜ自分の国を批判するのか?」と言われることがある。
教育がその国のすべてではないのだから、これは的外れな反応なのだが、学校を批判するとその国民全体を批判したと誤解する人はいるようだ。
以下の文章は全体的に否定的なトーンである。ただし、これは「フィンランド教育ブーム」について書いているのであって、フィンランドという国家について論じているわけではない。言うまでもないが、フィンランドは尊敬すべき国のひとつである。
フィンランド教育ブーム
2000年代前半から、主にPISA(OECDの国際学力調査)の結果がきっかけになって、フィンランドの教育が世界的に注目されるようになった。日本でも「学力世界一」というフレーズとともに、多くの教育専門家やジャーナリストがフィンランドの教育を取り上げ賞賛してきたので、良い印象を持っている人が多いと思う。ただ、実際何がすごいのか、ということを知っている人は少数だろう。私もあまりよく知らなかった。
警鐘を鳴らしていたフィンランド数学者たち
一昨年(2014年)、ニューヨーク・タイムズが日本の教育についてトンチンカンな記事を載せたとき、私の反論に加勢してくれた人たちが「フィンランド教育ブーム」についてもいろいろ聞かせてくれた。関連のサイトも教えてもらったので、ここに紹介したいと思う。以下は、フィンランドの数学者が書いた文章の要約である。英語で全文読みたい場合はリンク先へどうぞ。
1 PISA 調査で分かるのは、生徒の数学能力のごく一部だけ
The PISA survey tells only a partial truth of Finnish children's mathematical skillshttp://matematiikkalehtisolmu.fi/2005/erik/PisaEng.html
PISA 調査の結果が発表されて以来、「フィンランドの義務教育を修了した者は数学の専門家だ」などと新聞やマスコミは報じているが、大学や Polytechnic(技術専門学校)の数学教員たちは、新入生の数学の知識が劇的に落ちているので懸念している。たとえば、1999年に行われた TIMSS (国際数学・理科教育調査)では、図形と代数の分野でフィンランドの学生は平均を下回った。また、あまりにも多くの受験生を不合格にできないので、最近理事会は入試の合格基準点を驚くほど下げざるを得なかった。
この矛盾は、PISA 調査では日常的な数学知識を測るだけで、分数の計算、初歩的な方程式の解法、図形的推理、立体図形の体積計算、代数式の扱いなど、その他多くの技能には対応していないことが主な原因である。
習得すべき数学の基礎が弱いので、後期中等教育では、本来それまでに習得しておくべき単元の復習に労力を割かなくてはならず、そのしわ寄せが高等教育にまで波及している。
(要約終わり)
2 フィンランド人の数学能力における深刻な欠点
Severe shortcomings in Finnish mathematics skillshttp://matematiikkalehtisolmu.fi/2005/erik/KivTarEng.html
200人以上の大学教員がフィンランドの数学教育について懸念を表明したことに対して「アカデミックの批判にすぎない」という意見があったが、それは正しくない。実際、文書にサインしたうちの約半分は Polytechnic や工科大学の教員であって、彼らが教えているのはアカデミックな数学ではなく、実用的な数学だ。
1999年から2004年にかけて、Turku Polytechnic(トゥルク技術専門学校)では工学系の新入生の数学能力をテストしてきたが、2400人の生徒のうち初歩的な問題を解くことができたのはわずか35%であった。
Polytechnic の教員たちは、学生の代数式の扱いや方程式を解く能力の低さに驚いている。
この問題を解決するために、教育省は作業部会を設立する必要があると思うが、そのメンバーには大学や Polytechnic の教員を参加させるべきである。
また、PISA 調査でトップになることは Pyrrhic Victory(ピュロスの勝利=犠牲が大きすぎる勝利)なのではないかと考えてみる必要がある。
(要約終わり)
フィンランドの教育制度や論争の文脈によくわからないところがあるので、詳しい方がいたらコメントをいただきたいところだが、「学力世界一」という看板には、フィンランド国内でもかなり議論が分かれているようだ。
また、マスコミや教育学者は、このような事実を全く伝えず、フィンランドの教育を賞賛してばかりいるが、それには改めて愕然とさせられる。
フィンランドの中学生で分数の計算ができるのは2割以下
あるアメリカの数学者が、TIMSS というもう一つの国際学力試験の結果について論じている。
OECDのPISAとは違って、TIMSS ではフィンランドの子供たちのスコアは総じて低いのだが(日本は両方とも高いレベル)、その中でも、彼は分数の引き算の問題について注目し、16%という正答率の低さもさることながら(日本の正答率は65%)、その間違え方を分析した上で、フィンランドの生徒は分数が何なのかわかっていないかもしれない、と論じている。
日本に限らず世界中の教育関係者が、フィンランド教育やPISA型学力を礼賛しているが、少なくとも、日本の社会や保護者は、分数の計算ができる中学生が2割以下にとどまってしまうような教育を求めていないだろう。
(以下は、2016年6月2日に追記し、2017年1月20日に改訂しました)
また、下のフィンランドの新聞記事は、「9年生の3分の2がパーセンテージの計算ができない」と報じている。ちなみに、フィンランドでは就学年齢が7歳なので、9年生とは概ね16歳に相当し、基礎教育(義務教育)の最終学年である。
Study: Two-thirds of ninth graders unable to calculate percentages https://t.co/4awBiWOmF1— Yle News (@ylenews) April 25, 2016
上記の2番目の意見で、フィンランドの数学者は、PISAでトップになることは「ピュロスの勝利」ではないかと書いているが、その大きすぎる犠牲とはこのことだったのだろうか。
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